第11回 胎話コ-チへの道

今年、名古屋から木曽に引っ越したときに、3人目の子を出産したときの報告書(育児文化研究所に提出したものと思われる)が出て来たので、そこから抜粋いたします。

予定日を5日過ぎた1月24日の朝におしるしがあり、お腹の赤ちゃんに「いよいよ会えるね。」と話しかけた。

その日は、部屋を掃除して、赤ちゃんの布団や衣類を用意したり、買物に行ったりして、出産に備えた。

夕食の頃から陣痛が始まり、午後10時過ぎに助産婦さんに電話、11時過ぎに到着。準備をしてくださってる間に、陣痛が頻繁にくるようになった。

準備が整ったところで゛ハ-ブティを皆でいただく。助産婦さんには隣室のこたつで休んでもらう。
夫も私の横で寝息を立て始める。私はお風呂で温まることにした。

翌25日午前4時頃から陣痛が本格的になってきて、「そういえばこんな痛みだった。」と10年前を思い出す。でも前回と違って、姿勢も自由に変えて楽にできる。
また、助産婦さんや夫がそばについていてくれて、腰をさすってもらえるので気分的にもとても楽だった。

5時45分に破水。近くに住んでいる母と妹を呼んでもらう。
椅子にしがみついて立ち膝でいきむ。
いきみのないときは、「赤ちゃんに酸素を送って」と言われて、深呼吸しながら、心の中で「なっちゃん(お腹にいたときの呼び名)がんばって!」と赤ちゃんを励ました。

午前6時25分、いきみと違う感覚が走った。
ぬるりと出てきた赤ちゃん。
すぐに立ち膝のままで抱きしめた。心から愛しいと感じた。

赤ちゃんは、一声あげただけで、管で羊水を出すときも泣かなかった。
抱いたままで布団の上に仰向けになると、すぐに胎盤が出てきた。

へその緒の拍動が止まっていることを指で触れて確認させてもらったあと、夫がハサミで切った。その間、赤ちゃんは乳首を力強く上手に吸う。

同じ部屋に運んだ桶で産湯をつかい、服を着せたところで、起きてきた上の子どもたちと対面。
神戸に住む夫の両親に電話して(震災後かかりにくかったが、朝早いせいか幸運にもすぐにつながる)、赤ちゃんの声を聞かせることができた。

快い疲労感とともに満ち足りた幸せな気持ちに包まれ、本当に良いお産を実感した。