第3回胎話コ-チへの道

前回は、9年間の闘病後、まさかの妊娠をして悩んだ末に、政府公認チャネラ-のところへ行ったという話を書きました。

相談に行った故ウィオホ氏は、法律学者で大学の学長をされていましたが、突然の啓示によって人々の相談にのるようになった方でした。

大学から帰ると、インドネシア内外から詰めかけた人々が待っているという生活を送っていました。

ウィオホ氏は、「生みなさい!」と一言。
続けて、心配しちゃいけない!考えちゃいけない!」と言われました。

そして、ジャワの海岸で朝8時から9時の間に瞑想するようにとのこと。

翌朝、お腹の子に、「どうして私のところに来たの?」と聞いて、砂浜に座り、目をつむっていました。

すると、5~6才くらいの、顔がまん丸でその割に体がほっそりした女の子のイメ-ジが浮かび、前世の私の人生がはっきりとしたイメ-ジで展開されました。

ジャワ女性の私は、その土地の権力者(今の夫)の妾でした。

お腹の子を自分の子ではないと疑われ、もう生きていけないと絶望して海に入ったけれど、自分は助かり、お腹の子だけ流れてしまったこと、その子の魂が、今度こそ二人の子として生まれたいと望んでいることがわかりました。

そういうことなら、生まないわけにはいかないと思いました。

どんなに苦しくても、その子を生んで育てなければ、私たち夫婦の最大のカルマを乗り越えられないんだと思いました。

それから5~6年後に、ヒプノセラピストになりました。

退行催眠を初めて受ける方によくお話するのですが、セラピ-としての前世療法は、その前世が本当にあったかどうかは関係ありません。

体験したことをどう受けとめているかで、今に与える影響が違って来るので、マイナスの感情と結びついてしまった記憶を見直すだけです。

だから、私自身が見た前世に関しても、本当にあったかどうかは重要なことではないと考えています。

たとえ幻覚だったとしても、そのおかげで、生むという決断ができたのだから、それでいいと思っています。

さて、そんなわけで、自分自身の生む決心はできたのですが、帰国後、それを貫くのがいかに大変かを痛感したのです。

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